大判例

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士別簡易裁判所 昭和41年(ろ)2号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判決理由】(一) 事故発生現場は、士別駅より東方約四・五粁の地点にあり、士別市武徳町四六線東五号より同七号に至る東西に向つて一直線に通ずる平坦な幅員七・三米の道路で、この道路に沿つて両側に排水溝があり、道路の両端には雑草が生え、車等の通る中央の幅員三・三米の部分には砂利が敷かれている。

この道路に沿つて人家が点在し、附近は水田地帯の静かな場所で、交通量は少い。

本件事故現場の前にある家の伊藤忠方へ入る土橋より東の排水溝の中には、高さ一米から一・七米の葦が一面に生えており、この土橋を右道路から北へ渡るとすぐ伊藤忠方の前庭で、右(東)側には野菜や花が成育され、左(西)側には薪が置かれ、その傍には花が咲いている。伊藤忠方の家の裏(北)側は水田となつて居り人家は無い。

訴因に、市道とT字型に交差している農家伊藤忠方に通ずる私道(長さ一〇米)とあるのは、右伊藤忠方玄関より前庭を通り土橋を渡つて出る部分であつて、この土橋は、伊藤忠方の市道へ通ずる出入口と言われるべきものである。

(二) 右道路上を東から事故現場に向つて進行して来る場合、右土橋の東側排水溝に生えている葦に遮られて、右伊藤忠方前庭に置かれた原動機付自転車を全く認めることができず、原動機付自転車を右土橋上に置いた場合は、右道路上を一〇米に近づいて認め得る。

右土橋から東へ一四〇米離れた右道路上に置かれた被告人の軽自動四輪車の前照灯を、夜間事故現場に向けて照らすと、この光線は土橋附近まで充分届き、土橋附近から、左の方を見ると、右前照灯を認めることができる。

右土橋から東へ三〇米離れた右道路上に置かれた被告人の軽自動四輪車の運転席から、夜間右伊藤忠方の東側の玄関及び南側の窓の明りを見ると、右道路北側の草地部分に生えている高さ一・一米から一・五米の雑草に遮られて、何れの明りも見る事が出来ない。

工藤春子の原動機付自転車の前照灯は、前部に固定されているので上下に向きを変える事は出来ず、ハンドルを左右すればそれに従つて前照灯の照射方向が動き、車のエンジンをかけ、その回転数が増加すると前照灯の明るさが強くなり、エンジンを止めると徐々に明るさが消えてしまうので、エンジンをかけその回転数を最高度にして前照灯を最も明るくし、右原動機付自転車を伊藤忠方前庭の家の南東角より南東に三・七米の位置に置いて土橋の上を通して右道路上を照らすと、この前照灯の光りは右道路上に達する。右原動機付自転車の位置を右地点より南へ一・四米右道路に近づけて同様に照らした場合も、右同様この前照灯の光りは右道路上に達する。右何れの場合も、ハンドルを左右すれば、前照灯の光りは土橋の東及び西に生える雑草に遮られて路面には達しない。

右道路上に達した光りを、土橋より三〇米東へ離れた右道路上に置かれた被告人の軽四輪車の運転席から見ると、右軽自動四輪車の前照灯をつけない場合は充分これを認めることができるが、右軽自動四輪車の前照灯をつけた場合は、右軽自動四輪車の前照灯の光りの方が強いので、土橋と交叉する附近は一面に明るく、土橋を越えて右道路上に達していた右原動機付自転車の前照灯の光りは全く認めることができない。

(三) 本件事故当時、伊藤忠方前庭には、同人方へ農業の手伝いに来た野田和枝、柴田チヨ子、工藤春子、佐藤タミ等四名が、何れも原動機付自転車に乗り帰宅しようとしていて、野田、柴田の両名は既に伊藤忠方前庭より出発して右道路を右折して士別市街方面に進行し、右両名に引続いて工藤春子が、その次に佐藤タミが原動機付自転車に乗り右前庭から出発しようとしていたが、工藤春子の前に出発した柴田チヨ子が土橋を通つて右道路に入り右折する際、左側を確認したとき自動車の前照灯の光りを認めて居らず、佐藤タミが工藤春子に続いて出発しようとした際同人の原動機付自転車の前照灯の光りは右道路上に達していなかつた。

(四) 本件事故当時、被害者工藤春子は、伊藤忠方前庭の家の東南角から東南に三・七米離れた位置で、原動機付自転車に乗りエンジンをかけ柴田チヨ子に続いて出発しようとしたが、柴田チヨ子が土橋を通つて右道路上に出ようとしたとき、エンストでエンジンが止まつたので車から一度降りてエンジンをかけ、再び車にまたがり、当初の位置より約一・四米南へ土橋に近づいた位置から、伊藤忠夫妻に「どうもご馳走さまでした」と挨拶をしてから出発し、発進と同時位に時速を二〇粁位にあげ、土橋を通つて右道路上に出て右折しようとしたが、その際右折のウインカーはつけたが、一時停止または徐行をし右道路上の左右を注視して交通状況を確認する等の注意を為さず、右道路を左側から進行して来る被告人の運転する軽自動四輪車には全く気付かず、右折の為ハンドルを右に切らない前に、再度発進しかけた位置より南へ一二・五米の右道路上の砂利部分のほぼ中央で、被告人の軽自動四輪車の右側前部に衝突してその場に転倒し、前記認定の如き負傷をした。

工藤春子は、事故発生当時、原動機付自転車の運転免許を受けていなかつた。

(五) 本件事故当時、被告人は、軽自動四輪車の助手席に松田初江を乗せてこれを運転し、前照灯をつけて、事故現場より東へ約四〇〇米の地点から右道路上を西へ向け時速約三五粁で進行し、衝突地点から約四、五米手前で初めて右横に工藤春子の原動機付自転車の前照灯の先を発見し、発見した瞬間ハンドルを左へ切り急ブレーキをかけたが間に合わず、右前輪のところに原動機付自転車の前部が衝突し、その衝撃で足がすべり被告人の軽自動四輪車は左前方へ進み、衝突地点から七・七米はなれた右道路南側の排水溝に左前輪が落ちて停止した。この衝突の衝撃で前記認定の如く、松田初江が負傷した。

被告人が右道路上を伊藤忠方に近づいて行つた際、前方に明りらしきものは見て居らず、同乗者松田初江も前方にバイクが街の方向へ行くのを見て居らず、またバイクの尾灯も認めていない。

そこで、以上の事実に基いて、被告人の責任の有無を検討する。右に見たように、被告人が、軽自動四輪車を運転して東西の直線道路を事故現場にさしかかつた際、工藤春子の原動機付自転車の前照灯の灯火の照射光線が右道路上に達していたとしても、被告人の車の前照灯の明るさに消されていたので、被告人が工藤春子の原動機付自転車の前照灯の光りを衝突地点より四、五米手前で発見するまでは、工藤春子の原動機付自転車が伊藤忠方前庭より土橋を通つて右道路上に急速に進出して来る事実を認識し得る事情は認められないので、被告人が工藤春子の原動機付自転車と出合頭の衝突をする事実は、予見し得なかつたものと認められる。

本件事故は、被害者工藤春子が、原動機付自転車に乗つて伊藤忠方を出発し、同人方の右道路への出入口たる土橋を渡つて右道路に入り右折しようとした際、既に見てきた如く、一時停止または徐行をし左右を注視して交通状況を確認する等の注意を全くせず、無謀とも言える右折方法で、右道路上に急速にとび出して被告人の軽自動四輪車と衝突したものであるが、このような無謀な右折方法で右道路上に進出して来る車両の有る事まで予想して、予め減速徐行し事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意は、自動車運転者たる被告人にはないものと言わねばならない。

本件事故発生場所は、私人の屋敷への出入口であつて、交差点と異り人や車両の出入りは少なく、右出入口の土橋を渡り前庭内から右道路上に出ようとする人や車両は、僅かの注意により右道路上の自動車の接近を認識してたやすく接触衝突の危険を避け得るが、これに加え、高速度交通機関たる自動車の機能を考慮すれば、右場所を通行する自動車と右出入口たる土橋から道路上に出ようとする人や車両の接触、衝突の事故を防止するための主たる注意責任は、後者の側にあると解するのが注意義務の分配上衝平且つ合理的であると解せられる。したがつて、右場所を通行する自動車運転者に要求されるべき適正な進行速度維持の為の減速の程度にも、自ら限界があると言うべきである。突発的な異常事態のために、被告人に自動車運転者として過当な業務上の注意義務を求めることはできない。

結局、被告人に過失があると認めるに足る事跡は発見し難いのである。

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